たしぎは、ゾロの胸に抱かれたまま、
じっと心臓の鼓動を感じていた。
目を閉じると、
早鐘のようだった自分の心臓の音が
歩調を合わせるように、ゆっくりと収まっていく。
ドクン、ドクン・・・
「う・・・」
ゾロのうめき声に、ハッとして顔を上げた。
「見えるようになってきたぜ。まだ、染みるけどよ。」
細く開けたゾロの目は、真っ赤に充血し
眉間の皺は、まだ深いままだ。
「ご、ごめんなさい。私・・・」
「まったく、とんだ腰抜けだな。」
言い返す言葉もない。
「何を怖がってんだ?」
静かに口を開いたゾロの
問いかけに、固まる。
「わ、わかりません・・・
ただ、身体が動かなくなって・・・」
どうしてなのか、答えは浮かばない。
「もう、大丈夫です。私、探して来ます!」
不安な思いを頭から振り払うように首を振る。
立ち上がろうとするたしぎの腕を
今度はゾロが引っ張った。
「オレは、お前を不安にさせるのか?」
再び目を閉じたゾロが聞く。
「そ、そんなこと、ありません。」
急にドキドキして、思わず、またその場に座りこんだ。
「そんなに、頼りねぇのか。」
たしぎは、首を振った。
「海賊のオレに何があろうと、お前は海軍の任務を
優先させるもんだと思ってたがな。」
わたしも、そうだと思ってました・・・
「なぜ立ち止まる。」
ゾロの眉間の皺が険しくなったのは、痛みのせいばかりではなかった。
「・・・・あなたが、傷つくのを、見たくないんです。」
苦しい心の、本音だった。
逢うたびに、傷が増えて、
2年もの間、消息不明で、
やっと逢えたと思えば、そんな大きな傷を負って。
いつか、二度と逢えなくなるんじゃないかって・・・
「オレが、そんなに弱ェ奴だと思うのか?」
ううん。
あなたは、ずっとずっと強くなってた。
「でも、お前を不安にさせた。」
難しい顔で、考えている。
「パンクハザードで、ケムリの野郎が倒れてた時、
お前、ローに突っかかって行っただろ?」
記憶を手繰り寄せるように、話し出す。
ええ。
スモーカーさんが、雪の上に倒れているのを見て
自分の力不足も考えず、気がつけばローに向かっていた。
「あいつは、お前にとって、どういう存在なのか
わかんねぇが・・・」
一旦、口をつぐんで、じっと動かないゾロを
たしぎは見つめる。
「なんか、上手く言えねえけど。」
ふと上を向く。
「オレのせいで、立ち止まるな。」
言葉に詰まる。
「で、できません。」
目の前が、涙で滲む。
「ったく、ほんとに、海軍大佐かよ、お前は・・・」
くしゃ、ゾロは思わずたしぎの頭に手を置いた。
「じゃ、じゃあ!ロロノアなら、立ち止まらないで
進みますか?」
「オレか?
オレは、助ける。相手も倒す。」
「そ、そんな、無茶苦茶な!」
「そうか?」
私もそうなりたい。
言葉にならない気持ちが、
ゾロには、目を閉じていても、ひしひしと伝わってくる。
「お前の、ここ次第だな。」
とん。
たしぎの鎖骨の下をとんと指先で突く。
ドクン。
心臓が脈を打つ。
自分の心の弱さを気づかせるひと。
ほんと、かなわない。
気がつくと、たしぎは笑っていた。
「ロロノア!行きましょう!」
ゾロの手を引っ張り、立ち上がる。
「まだ、探し出せるかもしれません!
本部にも、連絡しないと!」
ゾロを導くように、階段を駆け上がる。
ゴンッ!
「でっ!!!!」
勢いあまって、ドアの上部に
ゾロは額をぶつけた。
「あっ、ごめんなさいっ!!!」
「お前な・・・」
通りに出ると、静まり返った街には
人の気配も消え、遠くで猫の泣き声が聞こえた。
ひんやりとし夜風が頭をすっきりさせてくれる。
たしぎは目を閉じ、大きく息をつくと
見聞色の覇気を飛ばした。
<続>